* 「かずさの森のDNA教室」の開催について かずさDNA研究所では、開所以来毎年の夏休み期間中 に、母都市 (木更津、君津、富津、袖ヶ浦) の将来を担 う世代である中高生に、少しでも科学への興味を持って もらうことを目的として「かずさの森のDNA教室」を開 催してまいりました。
今年は以下の日程で実施することになりました。
日程:7月26日 (月) および7月29日 (木) 両日とも、10時から16時の予定
テーマ:DNA研究で用いられるPCR法を体験しよう 募集人員:両日とも20人
内容:DNAの性質に関する基本的な講義に引き続き、
実験に使う機器やピペットなどの使い方を練習しま す。そのあと、DNAを部分的に増幅するための方法 であるPCR法の実習を行ないます。PCR法は犯罪捜 査などでも用いられる方法です。
両日とも同じ内容で開催いたしますので、どちらか都 合の良い日を選んで参加して下さい。申込み方法は ホームページでご案内しています。→かずさの森HP
これまでかずさDNA研究所では、遺伝子の構造解析 を中心に研究を行ってきました。しかし、ヒトの健康 問題を考えますと、遺伝子レベルでの解析に加えて、
血液その他の採取可能な検体に含まれる特定のタンパ ク質分子の量を測定し、それによって身体の健康状態 を調べる等の方法を開発することも重要です。従来の 健康診断では、痛いのを我慢して数ミリリットルの血 液を採取されるのが普通でした。もし血液や汗・唾 液・涙などのほとんど目に見えない位の量で、しかも 10分位の時間があれば同程度の検査結果が得られる としたら、採血が難しい赤ちゃんや老人の検査には大 きな福音になります。
これまでDNA研究の各種の分野では様々な解析技術
かずさDNA研究所ニュースレター
第30号 2010年6月2日
財団法人 かずさDNA研究所 http://www.kazusa.or.jp/
〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-6-7 TEL : 0438-52-3956 FAX : 0438-52-3901
公開講座のお知らせ
2010年6月5日(土)に千葉県立中央 博物館に於いて公開講座を開催いた します。詳細はホームページをごら んください。ページへのリンク → 公開講座
1滴の汗や血液から身体の状態を調べる 〜 高速で鋭敏な検出法の開発 〜
ヒトゲノム研究部 小原 收
研究最前線
が開発され、それらが研究の進捗に大きな影響を与え てきており、その結果、解析対象とする試料の大幅な 微量化と解析の迅速化が実現されてきています。そこ で私たちは、そのような技術の発展を踏まえ、数年前 から極微量のタンパク質分子などを解析するための装 置の開発に取り組んできました。これまでに、10分 程度の時間と1ナノリットル (10億分の1リットル) 程 度の血液があれば各種の解析ができるマイクロデバイ スを開発しました (図1) 。マイクロデバイスとは微 小な流路を組み合わせた技術であり、lab-on-a-chip (チップ上に実現された研究室) とかμTAS (微小統合 分析システム) などと呼ばれています。私たちの開発 した装置では高感度の蛍光を検出することにより、
たった1個の蛍光分子でも検出することができます。
さらに、千葉県に立地した企業と共同して、微量の血 液試料からでも血球の細胞を分離できるように工夫し たマイクロデバイスの開発も行っています。
今後の課題は、こうした新しい分析方法をどうやっ て実際の臨床の場で使ってもらえるようにするかで す。私たちは、DNA研究の成果を健康問題の解決の ために役立てるようにするべく、臨床研究者のグルー プとの連携を深めています。それに
よって、私たちが保有するマイクロ デバイスなどの技術の実用化に向け た研究を進めることを目指します。
その一環として、昨年度から開始さ れた文部科学省の「都市エリア産学 官連携促進事業」 (平成22年度から 地域イノベーションクラスタープロ グラムに統合され名称変更) では、
千葉県に立地する企業を中心とする 企 業 の 方 々 と 共 に 、 各 種 の シ ーズ (種) となる技術の実用化へ向けた開 発研究を進めています。
私たちは、どのような技術や知識 も、一般の県民・市民の方々の生活 に届くことがなければ意味が半減す ると考えています。もちろん私たち は、研究者の当然の使命として、基 礎研究のレベルを高めていく必要が ありますが、同時に、得られた成果 を活用できるようにすることも大切 だと考えています。時には、そうし た実用化や健康問題の解決を目指す 中から、革新的な基礎研究の課題が 見つかってくることもあるのです。
私たちの研究は、本当に私たちが挑
まなければならない問題へ挑戦することでありたいと 考えています。私たちは、様々な健康のバロメーター となる計測技術の開発をその一環として進めて行く計 画です。近い将来、かずさ発のマイクロデバイスを臨 床の場でご覧いただけるようにすることを目指したい と思います。
今月のキーワード
〜「研究最前線」
にでてきた言葉の解説〜
マイクロデバイス:マイクロとは百万分の一のことであり、デバ イスとは装置という意味です。したがって、マイクロデバイスと は、マイクロリットル程度あるいはそれ以下の量の試料を用いて各 種の検査を行なうための装置という意味になります。技術的にもっ とも困難な点は、そのような極微量の液体をどのようにしてスムー ズに分析装置内で混合したり分画したりする流路に導くかというこ とで、コンピューターの微細加工技術の基盤の上に、各種のDNA解 析装置の開発で培われた技術が応用されています。
血液と検査:一般の健康診断で行われる血液の検査項目は多岐に 亘っており、血球数を始め、各種の酵素の活性、コレステロールな どの量、ガンなどの指標となるマーカー値などの測定が行なわれま す。例えば赤血球の数は、通常1マイクロリットル (1リットルの百 万分の一) 当り450万 (女性) から500万 (男性) ですから、1ナノ リットル当りでは4,500-5,000個になります。ですから、含まれる 分子の数としてはこれでも十分各種の測定が可能なものであるとい うことになります。
DNA研究と健康問題:病気には外来性の細菌やウィルスなどの感 染によるものの他、遺伝的な原因によって起きるものがあります。
さらに、遺伝的な原因による病気の中にも、環境の変化や加齢によ る生理条件の変化によって誘発されるものがありますし、細菌感染 などによって起る病気でも、特定の遺伝子の組み合わせによって症 状が重くなる場合もあります。今後DNA研究が進展すれば、個々の 場合の最適な医療の方法がより明確になるでしょう。
開発した診断用のマイクロデバイス (右は大きさの比較用の一円硬貨)
百万分の一リットルの液 (赤い矢印の先に見える 青い液。1ナノリットル はこのさらに千分の一)
タンパク質の蛍光検出像 を拡大したもの (左上の横 棒は長さ100ミクロン)
これまでの3回の物語で、白血球の細胞核から物質と して発見されたDNAと、「生物のもつ形や色などの性質 がどのように親から子に受け継がれていくか」を調べる 遺伝学の成り立ちとその発展について説明してきまし た。今回は、この両者がどのようにして結合するに至っ たのかについての歴史を振り返ります。
前回述べましたように、キイロショウジョウバエを対 象として精力的に行われた多くの研究によって、細胞内 で遺伝子の存在する場所は染色体であり、さまざまな働 きをする遺伝子が染色体上にならんで存在しているのだ ということが次第に明らかになってきました。そこで次 に問題になるのが、それでは一体遺伝子とはどんな物質 でできており、それがどのような仕組みで遺伝を司って いるのかということになります。当時すでに、染色体は 物質としてはタンパク質とDNAからできていることが明 らかにされていましたので、この問題は結局「タンパク 質とDNAのどちらが遺伝を司る物質なのか」というこ とに帰着します。この問題について当時の研究者の多く は、「タンパク質には性質や大きさの異なる多くの種類 があるが、DNAはどの生物由来のものも多様性に乏し く、化学的に類似している。したがって、遺伝子の本体 はタンパク質であろう。」と考えていたようです。
ところで、この問題を考えていく上では、遺伝という 現象をより一般的に定義する必要が生じてきます。それ はつまり、メンデルが解析の対象とした花の色とか種の 形、あるいはその後キイロショウジョウバエで研究され た目の色、体毛や翅の形状などといった「遺伝的形質」
は遺伝子によってどのように「決められるのか」という ことを考えることです。
そのように遺伝現象の本質を考え、遺伝の仕組みを明 らかにしようと迫った研究者の一人に、肺炎双球菌とい う病原菌を対象として研究していた、イギリス人のグリ フィス (Frederick Griffith) という細菌学者がいまし た。肺炎双球菌には、S (smooth) 型と呼ばれる病原性 をもつ型と、R (rough) 型という非病原性の型があるこ とが知られていました (表1) 。両者はコロニーの形状が 異なり、R型の菌は寒天培地上で周囲がぎざぎざしたコ ロニーを形成しますが、S型の菌はのっぺりしたコロ ニーを形成するので容易に区別できます。S型菌は細胞 の周りに多糖類でできた「莢膜 (きょうまく) 」と名付 けられた膜を持っており、宿主の抗体からの攻撃に耐え ることができるので病気を引き起こします。これに対し てR型菌はそのような防御膜をもっていないので病原性 を持ちません。グリフィスは1928年に、予め加熱処理 をしたS型菌 (死滅しているので肺炎を起こさない) と生
きているR型 (非病原性で肺炎を起こさない) を混合して マウスに感染させると、マウスは肺炎を引き起こし、病 気になったマウスから生きたS型菌が回収されるという 実験結果を報告したのです。そしてこの実験結果を、
「死んだS型菌の菌体のもつ何かがR型菌に入って、R型 菌の遺伝的な形質をS型菌に転換したことによるのだ」
と説明し、S型菌からR型菌へ移行した物質を「形質転 換因子」と名付けたのです。このグリフィスの実験結果 はドイツやアメリカの研究者によって確認され、その実 験の正しいことが証明されました。
このグリフィスの論文に触発され、グリフィスの言う 形質転換因子の本体が何であるのかを明らかにしようと 考えたのがアメリカのロックフェラー大学のエイヴェ リー (Oswald T. Avery) でした。彼はそれまで長い間肺 炎双球菌の型の特性を研究テーマとしてきたこともあっ て、最初グリフィスの「肺炎双球菌の型は互いに変換で きる」という考えに同調しなかったのです。しかし、グ リフィスの報告は確かに実験的に確認できましたので、
その実験で用いた加熱処理をしたS型菌を使って、多量 の莢膜多糖類を含む多種類の成分からなる抽出液を注意 深く分別して実験を重ねたのです。その結果、抽出液に 含まれる形質転換因子はDNA分解酵素によって失われる が、タンパク質や脂質の分解酵素では失われないという ことを見いだし、その結果を1944年に発表しました。
それによって、肺炎双球菌の「莢膜を作るという遺伝的 性質」がDNAによって伝達され、莢膜を作らない菌が莢 膜を作るように転換されるということが明らかにされた のです。これが後に有名になった肺炎双球菌のDNAによ る形質転換実験です。
上記の1944年のエイヴェリーらの論文を読んでみます と、彼らは非常に注意深く実験を行ない、その結果を慎 重に解釈していることがわかります。実験は今から見て も論理的に正確に進められており、その説明はほぼ疑い のないものだと言えるのですが、時あたかもアメリカも 参戦した第二次世界大戦の真っ最中であったこともあ り、この論文は残念ながらあまり大きなインパクトを与 えることはありませんでした。ただし、このエイヴェ リーらの実験結果を非常に高く評価した人の中に、後に いろいろな生物のDNAを調べ、DNAを構成する4種の塩 基のもつ重要な特徴を明らかにしたフランスのシャルガ フという生化学者がいました。このシャルガフの発見の 中にこそ、遺伝子の多様性とDNAの示す見かけ上の均 質性というパラドックスを解く鍵があったのです。
DNA物語 (4)
菌の型 コロニーの形状 莢膜 病原性 R 型 周囲がギザギザ なし なし S 型 周囲は円滑 あり あり
表1:肺炎双球菌の形状と性質
世界の人々が摂取するカロリーの約半分は、イネ、
コムギ、トウモロコシなどのイネ科の作物から得られ ています。今後の世界的な人口増加により予想される 食糧危機を乗り越えるためにも、これらの作物の収量 を増加する方法を開発する必要があります。
名古屋大学のグループは、生物機能開発利用研究セ ンタ ー に 保 存 さ れて い る 稲 の ス ト ッ ク の 中 か ら 、 1970年代の主要品種である「日本晴」と比較して、
一本の花序に3倍以上も多くの穀粒をつけるST-12と いう品種を見いだしました。ST-12では、1次枝梗 (し こう;花穂内のイネの穀粒が付く小さな分枝) の数が 約3倍でした。そこで、ST-12を日本晴と交配して得 られた子孫の遺伝子を解析して、問題となる染色体上 の領域を明らかにしました。そのうちのひとつである 1番染色体上の領域には、2005年に同グループが収量 を上げる遺伝子として発見した、植物ホルモンの量を 調整するGN1A遺伝子が含まれています。
ま た 、 も う ひ と つ の 領 域 と して 8 番 染 色 体 上 の OsSPL14遺伝子があります。ただ、不思議なことに、
日本晴とST-12のDNAの塩基配列を比較しても、この 領域に差異は見いだされませんでした。ST-12には1 次枝梗でこの遺伝子の発現量を10倍に増加させる未 解明のしくみがあり、日本晴でもこの遺伝子の発現量 を人為的に増やすと1次枝梗の数が増加したのです。
しかし、問題はこれで解決したわけではありませ ん。OsSPL14の発現量を上げると、芽生えの時の枝分 かれの数が逆に減少したのです。より詳細な解析か ら、特異的な短いRNAによる遺伝子の発現量の調節 が行なわれていることが明らかになりました。中国の 研究グループも別の系統を用いた解析で、OsSPL14遺 伝子を含む領域の影響を見いだしています。
今回発見された2つの領域は、分子マーカーを利用 した交配により効率的にイネの品種に取り込むことが 可能です。この成果を他のイネ科の作物に応用すれ ば、穀類全般の増収につながることでしょう。
トピックス 稲の収量を大幅に上げることが可能に?
スナビキソウは絶滅危惧種の一つであり、極く限ら れた場所でしか自生が見られないが、自生地での生 育の様子からすると、か弱い植物ではないように見 受けられる。この植物は、何千キロも飛翔すること が明らかになってきた、アサギマダラの雄の生殖行 動と関連する物質を含んでいるらしい。
人工のゲノムDNAを持った細菌
マイコプラズマ (Mycoplasma) は直径0.2ミクロン 程の極めて小さい細菌であり、多くは動物に寄生し、
ヒトでは肺炎の原因菌になることもあります。ゲノム の大きさは50-150万塩基対と小さく、遺伝子も500個 ほどしかありません。ヒトのゲノム解読を遂行して話 題の人となったアメリカのヴェンター (C. Venter) は 自分で研究所を設立し、マイコプラズマを対象として 細胞の基本的なしくみを明らかにするための研究を 行っています。
すでに2007年には、M. mycoides という種類の菌の ゲノムDNAを、近縁種の M. capricolum の細胞中に入 れて働かせるという「ゲノム置換」に成功していまし た。2008年には当時知られていた生物の中で最も小 さなゲノム (58万塩基対) を持つ、M. genitalium のゲノ ムDNAを人工的に合成 (一定の長さのDNAを化学的 に合成してつなぎあわせたもの) してゲノム置換を試 みましたが、成功しませんでした。
しかし今回、108万塩基からなる M. mycoides のゲノ ムDNAを人工合成して M. capricolum に入れた結果、
ゲノム置換に成功したのです。具体的には、まず化学 合成した短いDNAを組み合わせて1000塩基の長さの ものを作ります。次にこれを酵母の細胞内で10本を合 わせて1万塩基にし、さらに10万塩基につなぎ合わせ た後に、全ゲノムDNAに合成し、それを予めゲノム DNAを取り除いた M. capricolum の細胞に導入したの です。その結果、M. mycoides の遺伝情報によって成育 する細菌ができました。つまり、「人工細菌」ではあ りませんが、既存の細菌細胞のもつさまざまな機能を 利用して、「ゲノム置換細菌」を作ることができるこ とが示されたのです。
この技術は、将来、生命を維持するために最低限必 要な遺伝子の組み合わせを明らかにすることや、バイ オ燃料を産生するなどの特殊な機能をもつ細菌を作成 することに役立つことでしょう。
<今月の花>
スナビキソウ (ムラサキ科)
Messerschmidia sibirica
(2009年6月6日撮影)